警察ドラマでは、所在が分からず警察に届け出があった人のことを、「家出人」「失踪人」「行方不明者」「所在不明者」などと呼ぶ場面があります。
この記事では、警察側のルールの観点と、警察ドラマの視聴者の視点から、これらの違いを解説します。
警察側のルールによる家出人と行方不明者の違い
家出人と行方不明者の違いは、警察側のルールにあります。
かつては「家出人」と呼んでいた
かつての警察では、行方が分からなくなった人を「家出人発見活動要綱」というルールに基づいて捜索を行っていました。
この「家出人発見活動要綱」では、家族などが警察に「家出人捜索願(いえでにんそうさくねがい)」を提出し、警察がその内容に基づき、前述の活動要綱に沿って捜索することとされていました。
この時、警察官は捜索願に基づいて探す対象者のことを、活動要綱の名称や届け出書類の名称に合わせて、「家出人(いえでにん)」と呼んでいたようです。
「家出人発見活動要綱」は、昭和51年頃に制定され、平成22年まで使われていました。
「家出人」は平成22年から「行方不明者」に
社会情勢の変化から「家出人発見活動要綱」の内容が見直され、平成21年に「行方不明者発見活動に関する規則」(平成21年国家公安委員会規則)が制定されました。
それを受けて各都道府県警では、平成22年中に「家出人」を「行方不明者」とするようにルールが変更され、「捜索願」も新しく「行方不明者届(ゆくえふめいしゃとどけ)」に変わっています。
つまり、これ以降、「家出人捜索願」などの書類は使用されていないことになります。
「家出人」から「行方不明者」に変わった理由
それでは、なぜ「家出人」を「行方不明者」とする改正が行われたのでしょうか。
都道府県警察の中には、当時の文書をインターネット上で公開している場合があります。
それらをいくつか読んでみると、おおむね以下のような理由で改正が必要になったことがわかります。
・「家出人発見活動要綱」の制定から30年以上が経過していること
・この間、核家族化の進行や単身世帯の増加、DV防止法やストーカー規制法等をはじめとする新法の整備があり、捜索活動の在り方や発見時の対応に見直しが求められること
・近年、生命などに危険が及んでいるおそれのある行方不明者が増加しており、個人の保護を図るための活動の重要性が高まっていること
昭和51年頃のルールでは時代に合わなくなった部分があるため、その部分を中心に全体を作り直したようです。
創作物における家出人・失踪人・行方不明者・所在不明者の違い
警察ドラマなどでは、家出人・失踪人・行方不明者・所在不明者といった表現が登場します。
こうした言葉の使い分けは、各言葉の持つニュアンスの違いと、そのストーリーが関係していると考えられます。
「家出人」という表現は深刻な場面に合わない
「家出人」という名称は、30年以上にわたる警察の「家出人発見活動要綱」において確かに正式な名称でした。
そのため、リアリティを重視した警察ドラマなどではあえて「家出人」という呼称を用いるものもあったと思います。
しかし、一般的に「家出人」という言葉は、創作物のストーリーにはなじみません。
と言うのも、「家出」には、一般的には「同居の家族がいる住居を自発的に出たこと」や、「本人の意思で帰らない状態」というニュアンスがあります。
「プチ家出」などの語が誕生するくらいには、緊張感に欠ける印象のある言葉です。
しかも、所在がわかっていても本人が拒否して帰らない場合(例えば、電話などで無事であることは確認できている場合)でも「家出」は成立しますから、無事かどうかわからない他の3つ(失踪・所在不明・行方不明)に比べると、どうしても軽い表現に聴こえてしまうのです。
いくら当時の警察が「家出人」という呼称を行方不明者の総称として符号的に使用していたとしても、視聴者にとっては、そう簡単にスルーできる言葉ではありません。
想像してみてください。
深刻な顔をして殺人事件の捜査をしている刑事役の俳優さんたちが、何らかの事件に巻き込まれていなくなった可能性のある者を「家出人」などと表現すると、こちらは「まだ家出ってわからないのに決めつけるの何か意味があるの?」と勘繰ってしまいますよね。
推理好きの訓練された視聴者であれば、「こいつが真犯人で、後から古畑任三郎みたいに”あの時あなた『家出』って言いましたね~どうしてそのこと知ってたんですか”とかなるんじゃ…」とまったく関係のないところで反応してしまうかもしれません。
また、仮に本当に家出だったとしても、本人から話も聞かないうちに刑事さんたちがずっと「家出人」と呼称すると、何となくですが、対象者を軽視したように聞こえてしまう場合もあると思います。
このことから、「家出人」という表現が警察ドラマで使用されているのは、①リアリティを大切にした警察ドラマ(2010年頃までの設定のドラマ)か、②あくまで自分の意思で帰っていないことが確定している登場人物に限定された場合だと考えられます。
「失踪人」「失踪者」のほうがストーリーに馴染みやすい
「失踪人」や「失踪者」という表現を使っているものもみられます。
「失踪人」や「失踪者」にも「家出」と同様に「自分から行方をくらました人」のニュアンスがありますが、「家出」と違って、帰ってこない理由を本人の意思であると決めつけていないことから、こちらの方が刑事ドラマなどのストーリーに馴染む場合が多いはずです。
また「家出」は「同居者のいる家から出る」というイメージがあるため、単身者に使用するとなじみにくいのですが、この点も「失踪人」という表現ならクリアできます。
なお、裁判所の「失踪宣告」の対象は「生死不明者」ですので、次の「行方不明者・所在不明者」の範囲も含まれます
行方不明者・所在不明者の範囲は広い
いなくなった原因がよくわからない場合や、誘拐・連れ去り・事故など外的な要因で行方がわからなくなった場合は、家出人や失踪人ではなく、「所在不明者」や「行方不明者」が使われます。
また、「所在不明者」と「行方不明者」では、現在の警察側の公式名称が「行方不明者」ですので、警察ドラマの場合は、所在不明者よりも行方不明者のほうが使われる頻度は高いと思います。
家出人・失踪人・行方不明者・所在不明者の違いのまとめ
ここまで私見も多分に語りましたが、警察ドラマなどでの使い分けをシンプルにまとめると、以下の表のようになります。
いなくなった原因 | 帰れない原因 | |
---|---|---|
家出人 | 本人の意思 | 本人の意思 |
失踪人・失踪者 | 本人の意思 | 不明 |
所在不明者 | 不明or外的要因 | 不明 |
行方不明者 (警察公式) | 不明or外的要因 | 不明 |
捜索願と行方不明者届、正しいのはどちら?
ここまでの、家出人・失踪人・行方不明者・所在不明者の話は、いなくなった「人」の呼称の違いでした。
ここからは、警察に対して家族など関係者が行う「手続き」の呼称の話になります。
現在は「行方不明者届」が正解
ドラマなどによく出てくる「捜索願(そうさくねがい)」という言葉は、かつての「家出人発見活動要綱」の下で使用されてきた、「家出人捜索願(いえでにんそうさくねがい)」から広まった呼称であると考えられます。
しかし、2010年の「家出人発見活動要綱」の廃止とともに、現在はこの「家出人捜索願」も廃止され、現在は「行方不明者届(ゆくえふめいしゃとどけ)」を提出することになっています。
したがって、現在は「行方不明者届」が正解です。
視聴者ファーストなら「捜索願」か
では、警察ドラマでは平成22年(2010年)の改正時期を境に「捜索願」を「行方不明者届」に一斉に変更されたのかというと、そうではありません。
例えば、時代の変化に敏感な刑事ドラマ「相棒」でも、2012年には「家出人捜索願受理票」の書類が使用されていました。(ただしこれには、作中のストーリーの関係で2年前の書類も含まれています)
「家出人捜索願受理票」とは、「家出人捜索願」の内容をもとに警察内で情報共有するための書類です。現在は「行方不明者届受理票」となっています。(行方不明者発見活動に関する規則第7条第3項
理由として考えられることは、「行方不明者届」より「捜索願」のほうがしっくりくる視聴者が多いからです。
「捜索願」は、その語感が良いこともありますが、30年以上にわたる「家出人発見活動要綱」の下で使われ続けており、この間の創作物では「捜索願」がずっと使われてきたはずです。
それを内部のルールが変わったからといって、あらゆるストーリーに即反映というわけにはいきません。
前述のとおり、失踪や家出と行方不明とでは、視聴者に与えるイメージが違うため、視聴者にとってはノイズになりかねないからです。
あえて「しばらくは捜索願のままにしよう」と判断したドラマは、他にもあると思います。
創作物にリアルを持ち込み過ぎず、視聴者ファーストを優先したということです。昨今は「行方不明者届」の呼称を使用する創作物も、上記の「相棒」を含めて増えたように感じます。
「失踪届」は役所の手続き
失踪人という言葉があるため、「失踪届(しっそうとどけ)」もまた、警察に対して捜索を依頼する手続きであると誤解されやすいのですが、この「失踪届」とは役所に対する、戸籍法上の手続きです。
具体的には、7年間生死不明の者について、裁判所が「失踪宣告」を行った場合に可能となる手続きであり、この手続きをすることによって法律上の死亡とみなされます。(戸籍法第94条)
戸籍の事務を管掌するのは市町村ですので、警察とは無関係の手続きになります。
まとめ
家出人・行方不明者・失踪人・所在不明者の違いを、警察側のルールの観点と、警察ドラマの視聴者としての視点から解説しました。
こうした言葉のニュアンスの違いを意識することで、警察ドラマがさらに楽しめるようになると思います!