【相棒season12】第13話 神回「右京さんの友達」を解説

「”孤独とはいずこに”と問われても、孤独など好んで探すものでなし」

杉下右京が執筆する小説『孤独の研究』の一節から始まる本作は、20年を超える相棒シリーズの中でもひときわ変わったストーリー構成です。

現場検証や聞き込みといった捜査パートはほとんどなく、ある男の半生を題材にした杉下右京の小説を、その男が「批評」という形で補足しながら、やがて自身の罪を告白していくストーリーとなります。

たった45分の内容とは思えない、小説一冊分のような満足感を得られる作品であり、特に最後のセリフではじんわりと温かい感動が込み上げてきます。

「右京さんの友達」の概要

放送日・時間

2014年1月22日(45分)

主な出演者

尾美としのり、佐藤寛子、加藤厚成

登場する相棒レギュラー

杉下右京、甲斐享、大木長十郎、小松真琴

脚本

真野勝成

監督

橋本一

「右京さんの友達」のあらすじ

ある茶会の席で、杉下右京は、自身に引けを取らないほど紅茶に詳しく、孤独で卑屈な男・毒島幸一(尾美としのり)に出会います。

「紅茶と犬しか信頼できない」と話す毒島ですが、そんな彼はどういうわけか杉下右京を自宅の茶会に招きます。

不思議に思いながらも、相棒の甲斐享を連れて、毒島が住む古いアパートを訪ねる杉下右京。

毒島は自身がブレンドした紅茶を、杉下右京と同じようにティーポットを高く掲げてカップに注ぎ、二人に振る舞います。

そして毒島は、過去に杉下右京のことを「和製シャーロック・ホームズ」と評した記事を話題にし、一年前に隣の部屋で起きた殺人事件について語り始めるのでした。

「右京さんの友達」の見どころ

杉下右京と似た孤独な男・毒島幸一

毒島幸一(ぶすじまこういち)。42歳。無職。

自尊心が強く、友達や恋人はいません。取り壊し前の古いアパートを借り、愛犬であるロングコートのダックスフンドと暮らしています。

「彼」を題材にした杉下右京の小説によれば、毒島は学生の頃から人づきあいが苦手で、周囲から孤立していました。勉学は好きで、大学院に進み研究者の道を志しますが、ここでも人間関係で失敗し、その後の就労もうまくいきません。

作中で彼の生い立ちを捜査している描写はないけれど、きっと調べたんだろうね

そんな毒島の生きがいは、愛犬の存在と紅茶、そして自身のブログでミステリー小説を批評する趣味にありました。

小説の批評というものは、本作によれば、ときに利権に縛られがちで、信頼できないものも多いとされています。

一方、毒島のそれは辛辣でありながらも確かなものであり、鑑識の米沢守(六角精児)も「ミステリーマニアの間で一番信用されている」と太鼓判を押しています。

米沢守は杉下右京を敬愛していると自分で言っているし、やっぱり毒島幸一にも何か似たものを感じたのかな

杉下右京も小説の中で、特に紅茶に関しては「異性であれば運命」と表現するほど、毒島と自身の共通点に驚いているよ

一年前に起きた事件とは

毒島がアパートでの茶会で話した一年前の事件とは、隣の部屋に住む女性が恋人に刺殺された事件です。

殺害されたのはホステスの佐藤静香(佐藤寛子)で、彼女を殺害した恋人はミステリー小説家の烏森凌(加藤厚成)でした。

事件の直前、烏森は大御所の小説批評家にバーで出くわし、その際にトラブルになっていました。

この批評家は、烏森の作品『傷口とナイフ』の帯で、本作を「至高のミステリー」と絶賛した人物でした。しかし、その小説は毒島のブログで酷評されており、ミステリーファンからの評価も芳しくありません。

そのことを自覚している烏森は、嘘をついて自身の小説を褒めた批評家に、コップの酒をかけて八つ当たりします。

怒った批評家は、「本当は駄作」と烏森に本音をぶつけるとともに、それにもかかわらず絶賛したのは、彼の恋人である静香の枕営業があったからだと口走ります。

当時の警察の見立てでは、このトラブルにより恋人の裏切りを知った烏森が、その足で彼女のもとへ向かい、殺害したというものでした。

現場の偽装を見抜く杉下右京

事件資料に目を通した杉下右京は、亡くなった静香の右頬に左利きの人物によって殴られた傷がある一方で、脇腹の刺し傷は右利きの人物によるものであるという、ちぐはぐな状況に目をつけます。

逮捕された烏森は右利きであり、犯行に使用されたナイフにも烏森の指紋が付着していました。

これにより杉下右京は、事件に左利きの人物が関わっており、その人物によって現場が偽装された可能性に気づきます。

左利きの人物といえば、アパートでの茶会の日、左手でティーポットを持ち上げ、紅茶を注いでいた毒島幸一です。

さらに毒島が、愛犬家である静香と、飼い犬を通じてアパート前の公園でよく一緒に散歩をしていたことも突き止めます。

毒島と静香の関係

佐藤静香は14歳で家出をし、現在はキャバクラのホステスとして生活しています。彼女が信頼するのは、クリーム色のダックスフンドの愛犬「アル」だけ。そんな彼女が毒島の隣の部屋に越してきます。

彼女が引っ越してきた当時の毒島は黒色のダックスを飼っており、二人は公園での犬の散歩の最中に言葉を交わすようになります。

犬との時間は静香の素顔とも言える時間であり、毒島はそんな彼女の飾らない姿に惹かれていきました。しかし、彼女は新しい恋人・烏森に夢中です。

ある時、静香は毒島が小説の批評家としてインターネット上で影響力を持っていることを知ると、烏森のために彼の小説を褒めてほしいと頼みます。

その際、色香で迫ろうとした静香を見て幻滅した毒島は、その頼みを拒否しました。

毒島としては、もともと自身の批評を曲げる気はなく、結局、毒島のブログでは烏森の小説がありのままに酷評されることになります。

事件当夜の出来事

事件の夜、烏森は静香を殺害するため彼女の部屋に押し入ります。しかしその理由は、彼女への怒りではなく、自身の小説『傷口とナイフ』の主人公を模倣し、彼女との心中を図るためでした。

そうすることで、才能のない自分でもせめて作家として人々の記憶に残ればと考えたのです。

しかし、驚いた静香ともみ合いになり烏森は転倒。頭を打ち、気を失います。

そこに物音を聞きつけ、隣の部屋から毒島が訪ねてきます。

烏森を死なせたと思い込んだ静香は、「あること」の手伝いと、その後の愛犬の世話を毒島に託します。

そして翌朝、静香の部屋で意識を取り戻した烏森が逮捕されるのでした。

毒島幸一を演じた尾美としのりさんは左利きなのか?

今回の事件解決のヒントは、毒島幸一の利き手が左手であることでした。

それを示す最も印象的なシーンが、彼が左手でティーポットを高く持ち上げ、杉下右京のように紅茶を注ぐ場面です。

へえ、左利きの役者さんなんだ!

いや、尾美としのりさんはたぶん右利きなんだ

ええ!?

相棒season9第6話「暴発」にて、尾美としのりさんは麻薬取締官を演じていますが、その時、右手で文字を書いているシーンがあります。

あの紅茶の入れ方、利き手でも難しそうなのに……

ポットの高さも注ぐ量もハイレベルだったよね

役者さんて本当にすごいね……

「右京さんの友達」の各シーンで、尾美としのりさんは一貫して左利きを演じています。

紅茶の入れ方といえば、Season24第3話「警察官B」で高田創(加藤清史郎)が挑戦していたよね

杉下右京や毒島幸一は打たせ湯みたいなレベルだけど、 高田創はひかえめでチョロチョロ…って感じでかわいかったね!

「右京さんの友達」を観るなら

多くの相棒エピソードの中でも一風変わった「右京さんの友達」。

事件の真相だけでなく、なぜ毒島幸一が真実を杉下右京に打ち明けようとしたのかを想像しながら視聴すると、かなり楽しめると思います。

また、ドラマではっきりとは説明されなかった点として、なぜ杉下右京が「小説の批評」という方法で彼と向き合ったのか、というものがあります。

ここは、観る人によってさまざまな解釈ができるところでしょう。

たとえば、毒島が「杉下右京の書いた小説を読んでみたい」と口にしたため、偏屈で人を信頼しない毒島の興味を引くために(事件解決のために)書いたと考えることもできます。

あるいは、毒島の孤独に寄り添ったと受け取ることもできるでしょう。

一つ確かに言えるのは、毒島が行う批評の特徴が、作品そのものだけでなく作家の人生観や経験にまで踏み込んだものであったという点です。

つまり毒島に小説を見せる行為は、杉下右京が彼の内面を一方的に暴くことではなく、杉下右京自身もまた自らの内面を毒島にさらす行為だったはずです。

孤独ではなく、孤高の存在」と毒島が杉下を評したのも、そうした視点があったのかもしれません。

ぜひ本編を観て、孤独な男二人の静かなやり取りの意味を味わってみてください。

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なお、毒島と性格は異なりますが、ほかにも田端甲子雄(泉谷しげる/相棒season1第1話)のように、インテリをこじらせた社会不適合者に対して、杉下右京はどこか優しい存在として描かれているように思います。

自分がそうだからやろなあ……

それ以上はいけない